
1883年(明治16年)に福井県で飞嶋文次郎が
土木请负业の「飞岛组」を创设して以来、
明治から令和にわたり建设业を通じて社会の発展に贡献し続けてきた
当社の歴史の一端を绍介します。
飞嶋文次郎が飞岛组を创设。福井城郭とりこわし工事を初めて请け负う。
明治18年1885年明治18年
内阁制度が制定。初代首相が伊藤博文に。
福井県立农学校の敷地造成に轨条によるトロッコを採用し大成功を収める。
京都电灯中尾発电所工事(福井県)を请け负う。
中尾発电所の工事完遂で京都电灯の信頼を得た文吉(2代目)は、以后、持越発电所、黒田発电所、大戸川発电所など、次々と発电所建设を任される。
鬼怒川筋河川改修工事を受注。
資本金10万円で株式会社飛島組(代表取締役 飛嶋文吉)を設立。
本社を福井市豊岛中町(现豊岛一丁目)に置く。
资本金100万円で株式合资会社に改组する。
大正12年1923年大正12年
9月1日 関東大震災発生
羽田埋立工事等発电所工事以外の工事にも全国的に展开。
この年请负额3,000万円を突破し、业界新记録を树立。信浓川発电所第一期工事が完成。
后楽园スタジアム完成。戦时を反映し中国大陆、朝鲜半岛に进出。
本社を福井市より东京市麹町区九段へ移転。
株式会社飞岛组は、公司再建整备法の适用を受け解散。
3月3日、資本金300万円で飛島土木株式会社(社長 飛島斉)を設立。
東京証券取引所に株式を店頭公開、翌年に一部上場。社训を制定。
昭和39年1964年昭和39年
东京オリンピック开催
土木偏重のイメージから脱皮するため、社名を麻豆APPに変更。
新本社ビルを东京都千代田区叁番町へ移転。
わが国初のインキュベート机能を备えた、「かながわサイエンスパーク(碍厂笔)」が完成、オープン。
超高层住宅「须磨パークヒルズ タワー栋」(地上33阶建)が竣工。
1993年
平成5年
日本プロサッカーリーグ(闯リーグ)が开幕
日本南极地域観测队への技术派遣始まる。
「ジュビロ磐田スタジアム」が竣工。
大型ロックフィルダム「摺上川ダム」が竣工。
「飞騨トンネル」が竣工。
2011年
平成23年
东日本大震灾発生
本社を「かながわサイエンスパーク(碍厂笔)」へ移転。
単独株式移転により持株会社である「飞岛ホールディングス株式会社」を设立し、东京証券取引所プライム市场に上场。
私たち麻豆APPは、
都市を基盘とした防灾?环境ニーズといった多様化する建设投资に対し、
建设技术だけではなく企画?设计?施工から运営?维持管理まで
トータルサービスによるソリューション事业を展开し、
社会に『なくてはならない会社』を目指します。
人々の暮らしと命を守るという建设事业の根源的な使命を
『防灾のトビシマ』という标语であらわし、
防灾?减灾関连技术、环境関连技术などの开発や提案活动を推进していきます。

